妥協

・サタマズがルームシェアする話となっていますが、全てがふわっとしたご都合世界線だとお考えください。
・ケーキを食べる、という行為を軸に話が進みますが、食の描写にあまり重きを置いていません。
・時代考証がめちゃくちゃです(例:動画共有サイトが発売当時よりも発達している、等)。
・私情になりますが留学準備や渡航のため時間が無く、会話文多めになってしまいました。

 

あら、サターン帰ってたのね、と廊下から声がした。サターンは、ああ、と生返事をしたままキーボードを打ち続ける。
「暖房良し、炬燵良し、そしてあなたの巨大なデスクトップも良し。冬を迎えるにはこの上ない好環境ね」
「それは皮肉か?」
サターンが作業で使うデスクトップパソコンは熱を帯び暖房の役割を果たせるほどだ。モーターの回る音が部屋をさらに暑く感じさせる。元々サターンの部屋に入れる予定だったデスクトップパソコンだが、マーズがあたしも使いたいと懇願したため共用のリビングに置いてある。
「皮肉なんて誰も言っていないわ。あなたはいつもあたしの裏を読もうとしてくるわね」
「それはお前の裏があまりにも表と違いすぎるからな、自覚すると良い」
キャーひどい、とマーズが普段よりも甲高い声を出した。あたしほど表裏の無い人って少ないと思うのだけれど、とぼやくがサターンは相手にしない。マーズが右手に持っている紙袋で威嚇するように音を立てたが、自身が紙袋を持っていたことに気づくとすぐに腕を揺らすのをやめた。
「ケーキ買ってきたの。食べるかしら?」
「ケーキか……。頂こう」
今ので崩れていないと良いが、と言いながらサターンが使っていたファイルを保存する。椅子から腰を上げると軽く伸びをした。マーズは座って炬燵布団を膝に掛けると、電源を入れ強に設定した。このくらいで崩れたりしないわよ、ちゃんと箱に入れてもらったもの、とマーズは紙袋からケーキの入った化粧箱を取り出す。
「こうも団欒の時間となるとテレビが欲しいわね」
この部屋にはゲーム機はあるもののテレビというものは無かった。住む前に買うか聞いたが切り詰めなければと言ったのはそっちだろう、とサターンが言う。
「確かにそうだったわね。まあサターンとあたしだけいても団欒の時間にはならないし、要らないわね」
発言がくるくると変わるマーズにサターンは呆れ顔をした。これ以上付き合うのも時間の無駄だな、と炬燵布団に入りながらサターンがため息をついた。立ったままパソコンをシャットダウンする。そして窓の外をちらりと見ると、もうこんなに暗くなったのか、と冬の日の短さを嘆いた。
「ケーキを買ってくるだなんて珍しいな。まあ、普段から節約しなければと言う割にインスタント麺ばかりだから特に驚きもしないが」
「はあ、あなたってどうしてそんなに嫌味しか言えないのかしら。自己解決できる質問はしないでくれる? あなただってカップ麺ばかりじゃないの、ジュピターに野菜を食べろっていつも言われているでしょう」
サターンがマーズの反撃に少々怯むと、マーズは満足したかのようににこりと微笑んだ。サターンがところで、と話を変えた。
「夜中に大音量でゲーム実況を見るのはやめてくれないか」
「あら、聞こえていたの? 音量には気を遣っていたつもりだったのだけど」
フルーツタルトとチョコレート、どちらが良いかしら? とマーズが聞く。サターンの言い分にはあまり興味が無いようだ。
「いや、それは流石に嘘だろう。BGMまで聞こえてくるぞ」
挙句には実況者の使っているBGMが頭の中で繰り返し流れるんだ、どうしてくれる、とサターンは小言を続けた。マーズは紙袋をやや乱雑に折りたたみ、炬燵の隣に置く。
「あたし新しいゲームを始めるのが苦手だから毎回実況を見て満足しているの。あたしが夜中にゲームして騒いでいるよりいいんじゃないのかしら、サターンにとっては?」
炬燵の中でマーズの足がサターンをつついた。サターンが顔を顰めて自身の足を端に寄せる。
「それはそうだが私たちはルームメイトなんだ。個室があるとはいえ、他人がいる以上少しは気を遣ってほしい」
サターンがチョコレートケーキを取ろうとすると、マーズがそれを静止した。
「じゃあ壁の薄さをなんとかしなきゃいけないわねえ」
次にサターンがフルーツタルトに手を伸ばすと、マーズはどうぞどうぞとジェスチャーを送る。
「私だけならまだ良いが……、いや良くないが、隣の部屋から苦情が来たらどうする」
「防音室にしたいけれど、日々の生活で精一杯なのにそんな贅沢できないわね」
マーズがプラスチック製の小さなフォークをサターンに差し出す。
「ヘッドホンを付ければ解決するんだが……」
「じゃあクリスマスプレゼントはヘッドホンが良いわね」
「私にそんな金があると思ったら大間違いだ、お前と同じ給料で、同じ部屋で生活しているんだからな」
へえ、そう? とマーズが適当な相槌を打ったところで会話が一段落した。サターンは食前の挨拶をする代わりに手だけ合わせた。マーズが、あんた律儀ね、と感心したが、それ以降の会話は無く、そのまま二人無言でケーキを食べることに集中した。

 

雪の降る夜だった。ビニール袋と紙袋を持ったサターンが玄関を開けると、部屋の奥からマーズが「寒いから早く閉めて!」と叫んだ。分かっている、と赤い鼻をしたサターンも声を張り上げた。
「ケーキを買ってきたが……食べるか?」
クリスマスだし少しくらい浮かれても良いだろう、とリビングに入ってきたサターンがビニール袋から二つのコンビニケーキを取り出す。そしてもう一つ持っていた紙袋をサターンのデスクトップの近くに置いた。マーズが、あたしが食べたいのは買ってきてくれたかしら、と炬燵で暖を取りながら言う。
「ショートケーキとチョコレートケーキを買ってきたが、チョコレートが好きなんだろう?」
オーソドックスなショートケーキと、ミミロルの形を模したチョコレートケーキだった。サターンはチョコレートケーキをマーズに差し出した。
「あら、無難な選択肢! どちらも好きだけれど、今日はクリスマスだし苺の気分だわ。ショートケーキをちょうだいな」
「チョコレートではないのか?」
少々困惑したようにマーズの側にミミロルのケーキを置こうとした手を止める。
「あら、もしかしてこっちが食べたかったのかしら? でもあたし今日はショートケーキが食べたいわ。それより、チョコレートが好きなのはあなたじゃないの?」
この前チョコレートケーキを食べたがっていたじゃない、とマーズがミミロルのケーキをサターンに譲る。サターンは、私も今日はショートケーキの気分だったんだがな、と言いながらそれを受け取った。サターンが立ち上がりキッチンから二つ金属製のフォークを持ってくる。
「一か月に二度もケーキなんか食べちゃって、贅沢しすぎね」
切り詰めないとだもの、とマーズがフォークを受け取ると透明なケーキの蓋を外した。いただきます、とサターンが手を合わせると、マーズもそれを見て手を合わせた。
「かわいいミミロルちゃんの顔から食べるだなんて、あなたには人の心が無いわね」
マーズはサターンを揶揄うと、ショートケーキに乗っている苺にフォークを刺した。このケーキはどこを食べても顔だろう、とサターンはミミロルの口を崩す。前回同様二人とも食べることに集中し、暫し無言の時間が流れた。
「前回も今回もお互い食べたいケーキが被っていたのだから、次から同じケーキを二つ買ってくることにしないか」
サターンが思いついたようにケーキを食べる手を止める。マーズは確かに、とケーキをもう一口頬張った。
「それが良いわね。もしかしてあたしたち気が合うんじゃなくて?」
「それは無いな」
気が合えばこんなに小言を言わずに済むからな、とサターンが口にすると、マーズがそれは面白いと言う代わりに、ふーん、と笑った。
「じゃあケーキに関してはそうしましょう、ケーキを買う余裕があったらの話だけれど。後でルームシェアの約束事に書き足しておくわね」
「約束事のついでに、なんだが」
サターンが炬燵から出てデスクトップの隣に置いた紙袋を取ってくる。中から取り出したのはヘッドホンの箱だった。
「クリスマスプレゼントだ、頼むからこれを付けて動画を見てくれ」
マーズがええ、と驚くと、そんなに嬉しいのか、とサターンが不思議がる。ちょっと待ってて、とマーズが自身の部屋から持ってきたのは、全く同じ機種のヘッドホンだった。
「あたし、同じのを今日自分用に買ってきちゃったの」
「はあ」
「そのヘッドホンはサターンが自分で使ってちょうだい。プレゼント交換にはならないわよ、機種が同じで意味無いもの」
「はあ」
少しは気にしてくれていたのか、とサターンは安堵した。
「せっかくボーナスが入ったから、手が出せる範囲で買ったわ。あなたも同じ機種を買ったのを見る限り、私たちの生活水準って本当に一緒!」
「一番安いのにしようかとも思ったんだが、お前が値段を調べて色々言うと思ってな」
ボーナスが無駄になったな、とサターンが投げやりに本音をこぼすと、マーズがあらひどい、と憤慨した。
「もらったものの値段を調べるだなんて、私そんなことしないわ。デリカシーが無いのね。……でも、女の子にクリスマスプレゼントをあげるならこのヘッドホンくらいの値段からが適しているわね」
本音を言えば、の話だけれどね、とウインクする。サターンはため息をつき、最後に残ったミミロルの耳にフォークを刺した。

2022/09/10開催のギンガ団Webオンリー「銀河の鎖で世界に平和を!」で展示用に書いた作品です。本当のことしか言わない素直なマーズと、マーズが意地悪なせいで裏があると思い込んでマーズのことを理解していない(しようとしていない)サターンが書きたかったです。本当に時間が無かったため短文、特に後半など校閲不足になってしまったのと、ミミロルにはごめんなさい。素敵なイベントを開催していただきありがとうございました。

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